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沖野城跡

中世の茂ヶ崎城主粟野氏の出城とされる城館跡。

おきのじょうあと

沖野城跡

Okino jo-ato

種別区分
城館跡
年代
中世
面積
70,000㎡

所在地

若林区沖野7丁目
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解説

沖野城跡は,市の東部にあり,JR仙台駅の南東約4.5㎞,陸上自衛隊霞目飛行場の南側に隣接している。広瀬川によって形成された自然堤防上に立地する。標高は6m前後,遺跡の広がりは,東西約340m,南北約250mで,面積は約70,000㎡である。1677年頃の文献『仙台領古城書上』には「沖野城 四方百間 粟野大膳出城ト云」とあり,遺跡の西方約3.8㎞ の茂ヶ崎城に居を構え,建武年間(1334~1336)から天正年間(1573~1592)にこの地を治めていた粟野氏の出城とされている。旧地名は「沖野字舘」である。昭和60年(1985)と平成4年(1992)の宅地造成に伴う発掘調査で,並列する二重の堀跡が確認されているが,内部の実体は不明で,年代決定資料も出土していない。堀跡は上幅7~8m,深さ2m前後で,断面形は逆台形状である。方形にめぐると推定される区画堀であることから,城館の構造は方形区画の複合体と推測される。遺跡北部には二重の土塁が部分的に残り,平地の城館跡としては比較的良好な保存状態であったが,近年著しく宅地化が進行している。

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