古墳時代と平安時代を中心とする集落跡。類例の少ない古墳時代中期の木製輪鐙(わあぶみ)が出土。
ふじたしんでんいせき
藤田新田遺跡
Fujita-shinden iseki
解説
藤田新田遺跡は,市の東部にあり,JR長町駅の東約10.5kmに位置する。標高1m前後の浜堤列と後背湿地に立地し,面積は約194,500㎡である。この遺跡は,大正年間に弥生土器や石庖丁が採集されたことから弥生時代の遺跡として知られていたが,宮城県教育委員会による平成元年(1989)の試掘調査,平成2年の確認調査を経て,平成3年に本発掘調査が行われた結果,古墳時代と平安時代を中心とする集落遺跡でもあることが明らかにされた。古墳時代では,前期から後期にかけて浜堤列を居住域(竪穴住居,土坑,溝など)とし,前期には墓域(方形周溝墓)をともない,平安時代では,浜堤列を居住域(竪穴住居,土坑,溝),後背湿地を生産域(水田域)とする土地利用が行われていた。これらの遺構群と河川跡からは弥生土器,土師器,須恵器,石器,石製品,木製品,骨角製品,動物の骨など,数多くの遺物が出土している。なかでも,古墳時代中期の木製輪鐙(わあぶみ)は,類例が少なく,ウマの普及や馬具の系譜を知るうえで重要な資料である。また,古墳時代後期では,関東地方の土師器に類似する関東系土器が出土しており,この集落の性格と関わる点で注目される。平安時代では,ウシ,ウマ,ニホンジカの骨が出土しており,一般集落における家畜の飼養や狩猟活動を考えるうえで貴重な資料とされる。