保春院(ほしゅんいん)・義姫(よしひめ)            1 2 3 4


■政宗毒殺未遂(どくさつみすい)事件
1590年,豊臣秀吉が小田原の北条氏をせめるために京都を出発しました。
この時,政宗は秀吉にしたがうか,せめてくる秀吉と戦うか,決断をせまられました。
何度も話し合いを重ねた結果,政宗は秀吉にしたがい,小田原に兵を出すことを決めました。
しかし,小田原に出発する直前に大きな事件が起こりました。母の義姫が政宗を毒殺しようとしたのです。政宗には小次郎という弟がいて,母の義姫が政宗にかえて小次郎を伊達家の当主にしようとしたために起こった事件といわれています。