伊達藩二代・三代・四代の藩主夫人の墓
みさわはつこのはかなど
三沢初子の墓など
Misawa Hatsuko no Haka nado
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解説
Description
この墓所には,三沢初子,徳川氏振姫(ふりひめ),稲葉氏仙姫(せんひめ)の墓がある。三沢初子は,山陰の尼子(あまこ)氏重臣・三沢清長の長女で,主家滅亡後江戸に移る。初子13歳のとき父が亡くなり,二代藩主伊達忠宗夫人・振姫の老女をつとめる叔母により伊達氏に仕え,三代藩主綱宗(つなむね)の側室となる。四代藩主を含め,3子の母となり,貞享3年(1686)48歳で没した。徳川氏振姫は,姫路城主・池田輝政の娘で,母は徳川家康の娘である。元和3年(1617)二代将軍徳川秀忠の養女として,仙台藩二代藩主忠宗に嫁し,万治2年(1659)53歳で没した。稲葉氏仙姫は,小田原城主・稲葉正則の娘で,三代将軍徳川家光の乳母であった春日局のひ孫に当たる。四代藩主綱村の正室で,宝永3年(1706)48歳で没した。この地は,徳川氏振姫と三沢初子の廟所であったが,明治6年(1873)に取り壊され,石積基壇の上に新たに墓が建てられた。昭和30年(1955)には小田原の万寿寺から稲葉氏仙姫の墓が移された。