政宗の娘,五郎八(いろは)姫の別荘跡
にしだてあと
西館跡
Nishidate Ato
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解説
Description
西館は,慶長年間以降に,伊達家家臣・山岸定康が居住し,その後寛永8年(1631)以前から寛永13年まで伊達家重臣・茂庭綱元の屋敷となった。寛永13年に伊達政宗が死去すると,綱元は現在の栗駒町に移り,この屋敷を,夫・松平忠輝(徳川家康の六男)が改易となったため仙台に帰り,仙台城二の丸の西屋敷に住まいして「西館様」と呼ばれていた,政宗の長女・五郎八(いろは)姫に差し上げた。以降,西館は五郎八姫の仮御殿として,別荘的な性格を持っていた。昭和62年(1987)の発掘調査によって,館への正面出入口と考えられる石垣が発見されている。現在,館跡は畑地,山林となっているが,江戸時代初期の屋敷跡として保存状態は極めて良好である。